プロフィール

「つらい、休ませて」

この一言が言えずに、私の妻は、過食症やパニック障害になってしまいました・・・。

 

妻の話から始めてしまってすみません。

 

私は、過食症やパニック障害を起こしたものの、その後克服、そして今では、心理カウンセラーをしている妻の夫、つひろーと申します。

ここでは、私のこともお話していきますが、もう少しだけ、妻の話をさせてください。

 

妻は、結婚前、東京で暮らしていました(現在は静岡県在住です)。

当時の妻は、天真爛漫(てんしんらんまん)で、自由奔放(じゆうほんぽう)に生きているように感じていました。

 

付き合い始めてしばらくし、二人の間に、いよいよ「結婚」の文字が見えてきた頃、妻は、心の中に不安を抱え始めます。

それは、私の実家が自営業で、私は家業を継いでいるということ。

そう、妻は、働いてはいましたが、自営業ということに不安を抱えていたのです。

 

このことは、結婚前に相談してもらっています。

「私に務まるか不安」と。

 

しかし、私は、そんな妻の不安をよそに、「大丈夫、大丈夫、今のままでいいよ」と簡単に考え、そのように接してしまいます。

 

しかし、妻の不安は、やがて、妻の心やカラダをむしばんでいきます。

 

妻は、田舎へ嫁いだことで、環境や生活がまったく変わってしまいました。

そして、不安を抱えながら、自営業の仕事を務めるという毎日が続きます。

 

それでも、そんな中ですが、結婚して数ヶ月で一つの光が差し込みます。

新しい命を授かるのです。

 

この時、妻の中には、きっと、理想のライフスタイルが描かれていたでしょう。

これで、仕事から解放され、専業主婦になれると思ったでしょう。

 

 

しかし、そんな希望も、ただの夢として打ち砕かれていきます。

 

はい、当時の私は、「妊娠」に関して学ぶこともなく勉強する気もなく、「普通にしていれば良い」と思っていたため、お腹が大きくなっても、ずっと仕事を手伝ってもらっていました。

毎日立ち仕事で、小走りで走ったり、下に置いてあるものをかがんで持ち上げたりと、頑張ってもらいました。

生まれる直前に破水したその日も、仕事をしてもらっていましたしね(汗)。

 

それでも、幸いなことに、2960gの元気な女の子を産んでくれ、そして、妻も元気に退院できたので良かったです。

 

 

が、一見健康そうに見える妻は、心の中に悩みを抱えたままの状態。

 

妻は、退院後、生後数ヶ月の娘をおんぶして、店に立ち続けます。

それでも妻は、「休ませて」とは言わず、我慢に我慢を重ね、辛抱強く仕事を続けます。

 

 

そんなある日、ふと、あることに気づきます。

「最近、妻の食事の量が減ったかな?」と。

 

私は、妻の食事の量が極端に少なくなったと感じたのですが、「ダイエットかな?」と勘違いし、見て見ぬ振りを続けます。

 

しかし、ダイエットではありませんでした。

ストレスから過食症になってしまった妻は、過食症がバレないように、人前では食べないようにしていたのです。

そして、毎日毎日ノドに指を入れ、ムリやり吐いて、体重をキープしていたのです。

 

この事実を知った時、初めて、ことの重大さに気づく私。

 

しかし、過食症の妻に、どう対応すればいいのかわかりません。

とりあえず、良さそうな心療内科に頼ってみます。

が、あまり変化はありません。

私もどうすればいいのかわからないまま、月日が流れます。

 

 

そんなある日、さらにムゴイ仕打ちが、妻に襲いかかります。

 

実は、妻は腰痛持ちなのですが、その腰痛が酷くなり、病院へ行きます。

そして、家に帰ってきて、病院でもらった薬を飲んだほんの数秒後、妻はカラダが動かなくなり、その場にガクンと崩れ落ちてしまったのです。

 

みるみる顔色は悪くなるし、気分も悪くなっていくようす。

まるで、毒を飲まされたかのような状態です。

ムリに、もどそうとしても吐けません。

 

急いで、薬を出してくれた病院へ電話をかけ、今の状態を伝えると、返ってきたのは「しばらく、ようすをみてください」というそっけない言葉。

歩くことさえままならない状態で苦しんでいるのに、ようすを見ろとは意味がわかりません。

 

結局、そのまま我慢し続け、それからしばらく、強烈なめまいが続く日々が繰り返されることになります。

そう、寝たきり状態になったです。

 

後で、知り合いの看護師さんに聞いてわかったのですが、出された薬は副作用が強く、医師の管理のもとで服用するのが当たり前の薬だったようです。

知り合いの看護師さんは、「その薬を家で飲ませるなんて考えられない」と言っていました。

 

が、後の祭り。

 

ひどいめまいを抱え、まともに歩くこともできない状態で、病院を転々とします。

 

 

数ヶ月がたち、なんとか、めまいがおさまってきた頃、今度は、パニック障害を発症します。

人混みはもちろん、外へ出ることもできず、ただただ、家でじっとしている毎日。

 

家でじっと耐える日々が続く中、しばらくして、一人のカウンセラーと出会うことになります。

そして妻は、少しずつ、一人でも出かけられるようになっていきます。

そのカウンセラーさんは、月に一度、講演会のようなものを行なっていて、妻は、そこへ参加できるまでに回復します。

 

講演会へ参加するたびに勇気付けられ、徐々に本来の自分を取り戻しはじめる妻。

やはり、お医者さんの知識や薬以外にも、大切なものがあるんだなと感じました。

 

今では、過食症もパニック障害もすっかり克服し、周りからは「パニック障害だったなんて信じられない」と言われています。

 

以前のことを知っている私からすれば、まさか、その流れで、心理カウンセラーになってしまうとは・・・。

今思えば、もしかしたら、これも、自然の流れだったのかもしれませんね。

 

 

そんな妻を持つ私ですが、妻が苦しんでいるとき、何もしないで指をくわえてじっとしていたわけではありません。

 

私なりに、人の心について学び、少しでも妻のサポートができればと考えていました。

数十冊の本も読みましたし、時にはセミナーへ行って学ぶこともありました。

また、心の整え方だけでなく、幸せになるための学びも行なってきました。

時には、妻に刺激を与えないよう、できるだけ距離をとったり、逆に、求めていることがないか聞いてみたりしました。

そして、できるだけ共感することを意識して、妻の感情を気に留めていました。

さらに、妻が出会ったカウンセラーさんの教えに賛同し、妻の感情に、自分の感情を寄せていくこともしました。

 

このような経験を得て、私も少しずつですが、妻の気持ちに寄り添えるようになったと思っています。

自分で言うのもなんですが、少しはサポートできたかなと思います。

 

今では、結婚して約30年たちますが、結婚当初に周りからよく言われた「今が一番いい時ね」状態です。

 

今、妻が少しずつ回復していったのを思い返して、私なりに想うことがあります。

 

あの時、妻が、「私にはできない」、「私にはムリ」、「休ませて」と言える環境だったら、違ったかもしれないということ。

そして、私がもっと早く、妻の異変に気付き、支えてあげられる心があれば、妻は十数年間も苦しまずにすんだかもしれないということ。

 

そんなことを考えるようになった今、「もしかしたら、今現在も、昔の妻と同じように心を痛め、苦しんでいる方がいるのではないか」と感じています。

 

・ノドをかきむしるほど苦しい心を打ち明けることもできない

・走馬灯のように終わりなく繰り返す不安や恐怖から逃れたい

・やり直したい、やり直したいと、過去の後悔ばかりしてしまう

・漬物石のように、ズーンと重くのしかかる気持ちから解放されたい

・簡単にすぐ落ち込んだりせず、毎日笑顔で過ごしたい

 

そんなあなたの心を少しでも軽くすることができないだろうか。

そんな想いから、このサイトを立ち上げることにしました。

 

漬物石のようにずっしりと重い心が、そよ風に導かれる小鳥の羽がふわふわ舞うようにと願いを込めて、このサイトのタイトルを「心が羽になる」とさせていただきました。

 

このサイトが、一人でも多くの方の不安や恐怖を取り除くことができ、あなたが願う理想のライフスタイルを手に入れ、本来のあなたを取り戻すためのきっかけになれたら幸いです。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。 

つひろー